時給という呪縛


おはようございます。


たとえば、友人同士でBBQにいくことを考える。

・どこにいくか決めて

・車用意して

・食料やのみもの、炭や網かっていって

・河原にでて、大き目の石でコンロっぽいのつくって

肉とかやいてたべる。

楽しかった記憶を持ってる人も多いんじゃなかっただろうか。


上をメンバーは一緒で、1000円あげるから手伝ってとなれば、1000円じゃ割が合わないなーとなる。

そう考えると行く前からつまんなくなってしまう。

お金もらえる=仕事という概念が、私たちの行動を急に情熱を下げて、つまんなくしてしまう。

お金をもらえるからやる、もらえないからやらないと考えてはつまんない。


もらえようが、もらえまいがやる。給与はあとからついてくるもんなのよ。

私が、めざしてるのは、学校の文化祭でみんなで焼きそばの模擬店やって、

結果、もうかったからおいしいものたべにいこう(みんなでわけよう)というノリで、楽しんで仕事をしたい。

そこには、時給とかいう概念がない。


私は、仕事は、うまいこといくことも、いかないことも楽しんで、

次はこうしたほうがいいんじゃないかと気づいたり、泣いたり、笑ったりしながらすすめる。すすむ過程を楽しむ。成長する。 気づけば、給与がもらえてるもんだとおもってます。